top of page

「あきらめる力」と、また立ち上がる力

  • 執筆者の写真: ncu807
    ncu807
  • 8月12日
  • 読了時間: 2分

2022年4月1日、私はブログにこう書いた。


> 4月の目標は 静なること。

静かに人の話に耳を傾けること。

静かにゆっくり丁寧に話すこと。

静かに慌てず考えて動くこと。

しずかに恋するのびたがいい……。


あれから、もう3年と4ヶ月。

残念ながら、その目標はほぼ達成されていない。


相変わらず、人の話を聞き流して早合点する。

口調は丁寧さより江戸っ子調に傾き、すぐにカッとなる。

怒って、ぶつかって、反省して、しょげる。

そしてまた同じことを繰り返す。


頭の中では、「反省だけならサルでもできる」がリフレインしている。


あきらめる、という選択


「やればできる」と信じて続けることの大切さは、ずっと語ってきた。

それなのに今、私は「あきらめよう」と言っている。


それは投げ出す意味ではない。

休息を取るためのあきらめである。


続けることは、心にも体にも負荷をかける。

そして年齢を重ねれば、その負荷は少しずつ重く感じるようになる。

寝ないでやる仕事は若い頃ならまだしも、今は「翌日のダメージ」が大きい。

長く続くプレッシャーに耐え続けるのは、筋肉を限界まで追い込むのと同じだ。


人生は筋トレに似ている


筋肉に負荷をかければ、繊維は微細に損傷する。

やがて栄養と休養で修復され、以前より強くなる。

休養なしでは、中山きんに君にもなれない。


だからこそ、「やめる」ことにも意味がある。


多忙を自慢する経営者は多いが、忙しさは価値ではない。

限られた時間の中で、何をやめ、何を残すか。

その選択が、次の一歩のためのスペースを生む。


あきらめる力


私が尊敬する、ドルフィア株式会社 井下田久幸氏はこう言った。


> 経営者のみならず、多くのビジネスパーソンが身につけるべき3つの力がある。

要約力・即断力・自責力。


そこに私は、もうひとつ加えたい。

あきらめる力である。


精一杯やり切ったら、潔く投げ出してもいい。

鼻水をすすりながら泣く日があってもいい。

しばし休んだら、また性懲りもなく立ち上がればいいのだ。

それこそが、本当の「あきらめずやり続ける」ことだと思う。


さて、決めた。

今日からまた、静かになる……予定である。


ree



 
 
 

最新記事

すべて表示
【第5話】2028/11/23とその先に、何を見ているのか

ここまでの4話を通じて、2021年の立ち上げから現在に至るまでの積み重ね、そして2026年から2027年にかけて、徐々にその役割をAIやシステム、そして他者へと移管していくイメージを綴ってきた。 このロードマップの最終話となる今回は、本シリーズのタイトルにもなっている「2028年11月23日」という日付と、その先に広がる景色について、現時点での私の視座を静かに記しておきたい。 私の中で、2028年

 
 
 
【第4話】 2027年、前線からの離脱と「感性のデジタル化」

第1話からここまで、2028年11月23日という一つの確定未来を軸に、現在のNCU合同会社(研究会)が置かれている位置と、そこへ向かう道筋を言語化してきた。今回は、そのロードマップの中でも特に大きな転換点、あるいは「特異点」となるであろう一年、2027年について記したい。 前回は、2026年がAIとの本格的な協働を開始する実験の年になると述べた。その延長線上に位置する2027年は、私がこれまで固執

 
 
 
第3話 2026年、AIとどう協働し始めるか

第1話では、2028年11月23日という私が設定した「ひと区切り」に向けた覚悟を記し、第2話では、これまでの4年間で積み上げてきた実績の棚卸しを行った。 そして今日、このブログではその先にある2026年をどう位置づけているかについて記してみたい。 いま、カレンダーは2025年12月10日を示している。あと数週間で、新たな一年が始まろうとしているタイミングだ。 来る2026年を一言で表すならば、それ

 
 
 

コメント


bottom of page