🔵「十訓」と十回目の祥月命日
- ncu807
- 2025年12月7日
- 読了時間: 3分
今日は父の10回目の祥月命日である。
この日が近づくと、自然と一枚の紙を思い出す。昭和44年、後志支庁水産課に勤めていた頃に書いた「十訓」。長い年月を経ても色あせず、いつ読み返しても背筋が伸びる。私自身、この十訓は日々の判断や姿勢に静かに影響を与え続けてきた。父がどんな思いでこれを書いたのか、すべてを知ることはできない。しかし、そこには仕事に向き合う人としての基本と、人への向き合い方が簡潔に、そして力強く示されている。
以下に、父が残した原文をそのまま記す。
「後志支庁水産課十訓」 昭和44年5月 芳永武
1,漁業者があってこそ、始めて当水産課が存在し、北海道の職員として勤務することができるものであることを銘記すべきである。
1,当水産課を訪れる方々は皆んなお客様である。
従って公僕の精神に徹し、ゆめゆめ疎かにすべきものではない。
1,仕事は自ら進んで為すべきものであり、人にいわれて為すべきものではない。
1,仕事は大きなそうして困難なものから順次取り組むべきである。
取り組んだら離すな。
それを成就するところに進歩があり発展があるものだ。
小さなそして安易な仕事ばかりしていると己を小さくしてしまうものである。
1,仕事は、行成り取掛かるべきではない。
事前に慎重せよ。
急ってやる仕事に良い結果が出る筈がない。
長期計画をもってやれば急いでやる仕事よりも寧ろ立派な仕事ができるものである。
1,仕事には、自信をもって当れ。
自信がなければ仕事に迫力も粘りもそうして厚みもないのだ。
努力に努力を重ねることが本人をひと廻りもふた廻りも大きくするものだ。
1,仕事は、一人で出来ると思うな。
一人の力には限界がある。
己の力の小さいことを悟れ。
人の和により幾倍もの力が湧き出ずるものである。
常に健康に留意しお互いに頑張るべきである。
1,仕事は、常に頭を全回転させよ。
周囲の人をも引きずり廻せ。
引きずるのと引きずり廻されるのとでは永い間には天と地の開きが生ずるものである。
1,仕事に、摩擦を恐れるな。
摩擦は進歩の母であり積極性の表れである。
そうでないと卑屈未練な人間になってしまうものである。
1,その日の仕事は、その日のうちに終えるよう最善の努力をせよ。
ただし公務員と言えども人間である。
勤務時間外まで拘束されるべきものではない。
父がこの十訓を書いたのは、私がまだ幼い頃だった。
当時の背景を詳しく知っているわけではないが、言葉の選び方から、職務への責任感と、地域の漁業者への敬意を強く感じる。仕事に向き合う姿勢、人との関係、努力することの意味——いずれも普遍的で、時代が変わっても揺らがない。だからこそ、今日のような節目の日に読み返すと、静かに胸に響く。
十回目の祥月命日を迎え、父が生きた時代と、いま自分が向き合っている仕事や人との関わりを重ねて考えることが増えた。状況や技術は大きく変わっても、人に向き合い、仕事に責任を持つ姿勢は変わらない。父の残した言葉は、これから先の自分の判断や行動にも、確かに生き続けていく。




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