世界が揺れた日
- ncu807
- 2月9日
- 読了時間: 2分
先週木曜の午後、面談中に突然、めまいに襲われた。
頭は動いていないのに、遠くを見ると世界が揺れている。波打ち、漂い、ぐるぐると回転しているようだった。
吐き気も頭痛もない。
ただ、強い恐怖だけがあった。
「このまま倒れて人生が終わる」
そんな感覚が、はっきりと胸を掴んだ。
翌日まで仕事を休み、病院へ行った。
めまい専門医のいるところで、2時間の検査。
結果は、ひとまず経過観察。
数値に緊急性はなく、症状もすぐに治まった。
それでも、あの瞬間に身体が発したサインは、理屈を超えて、私に一つの事実を突きつけた。
時間は、有限だ。
「人はいつか死ぬ」
そんな当たり前のことを、私はどこか概念として理解していたのだと思う。
準備はしてきたつもりだったし、死をそれほど恐れていないとも思っていた。
だが現実は違った。
時間は“いつか尽きるもの”ではない。
今この瞬間も、確実に削られていく資源だった。
病院を出て、札幌の冷たい空気を大きく吸い込んだ。そのとき、これからの生き方が、驚くほど静かに定まった。
もう、新しい出会いを無理に広げる必要はない。
未知の領域に手を伸ばし、際限なく関係を増やしていく時間は、私には残されていない。
それよりも、今すでにある「ご縁」を、どう深めるか。
これまで私を信じ、共に歩んでくれた人たちとの時間を、どれだけ純度の高いものにできるか。
限られた砂時計の砂を、一点に、静かに注ぎ込んでいきたい。
「終わり」を意識することは、決して後ろ向きなことではない。
残された時間の使い道を、最も大切な場所へ集中させるための、前向きな決断だ。
揺れる世界を一度通り抜けた今、私の視界は、以前よりもずっと澄んでいる。




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