何かが壊れる前夜
- ncu807
- 1月23日
- 読了時間: 2分
最近、強く感じていることがある。
それは危機感というより、空気の変化に近い。
AIの進化は、便利になる話ではない。
これは技術革新ではなく、前提の書き換えである。
壊れつつあるのは、特定の仕事や業界ではない。
壊れ始めているのは、人は何によって価値を持つ存在なのか、という構造そのものだ。
努力すれば報われる。
経験を積めば価値が上がる。
知識を持つ人が強い。
判断するのは人間である。
これらは、まだ表面上は機能している。
だから多くの人は、明日も今日の延長線上にあると思っている。
しかし、基礎はすでに空洞化し始めている。
壊れる音が聞こえないからこそ、これは前夜なのである。
AIが奪うのは仕事ではない。
人が作業者であるという役割である。
処理、整理、最適化。
それらはもはや人間の専売特許ではない。
この前夜において、人は三つに分かれる。
否認する者。
利用しようとする者。
そして、役割を変える者。
前夜に何をしていたかは、夜明けにどこに立っているかを決める。
この時代において重要なのは、壊す側にも、煽る側にもならないことだ。
恐怖を売らず、万能感も売らず、移行のための足場を作ること。
AIは止まらない。
問いは、どこに立って朝を迎えるかである。
壊れる音は、まだ聞こえない。
だが、空気は確実に変わっている。
私は、そう感じている。




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