札幌から函館に戻る途中のことだった。定山渓方面へ車を走らせていると、Tシャツと短パン姿の小汚い学生らしき若者が段ボールを掲げていた。「喜茂別方面 乗せてください」と書かれている。
迷うことなく車を止め、「乗れ!乗れ!」と声をかけた。乗り込むなり、彼はどこから来てどこへ向かうのかを矢継ぎ早に聞いてやった。どうやら「怪しい車に乗ってしまったか?」と少し不安に思った様だ。そんなことよりまずは腹ごしらえが先だろうと思い、まずはモスバーガーのドライブスルーで好きなものを買わせた。中山峠へ向かう車中で、彼は少しずつ自分のことを話してくれた。
神奈川から来た大学生で、サイクリングクラブの仲間と北海道に来て、解散後は一人でヒッチハイクで神奈川に帰ろうとしていたらしい。中山峠に差し掛かると、地元名物の揚げ芋を無理やり食わせ、さらに京極の湧水公園で温泉に入り、ソフトクリームを一緒に食べた。実は、段ボールに書いた「喜茂別」は適当に書いたものだという。結局、彼を函館まで連れて行き、家に泊めてやることにした。
翌朝、観光がしたいと言い出した彼に「金もないくせに」と冗談を言いながら、市役所や渡島支庁を案内した。市長の秘書課長や支庁長に挨拶に行って彼を同行させ、市役所最上階の喫茶室で一緒にパフェを食べた。彼は終始「こんな経験は初めてです!」と興奮していた。
帰りはフェリー乗り場まで送り、「どうしても困った時だけ使え」と会社の携帯を渡してやった。私は彼に他界した自分の息子を重ねあわせていた。
別れた後少し寂しい気持ちになった。
数日後、彼から「無事に帰りました」との連絡があり、送り返された携帯は一度も使われていなかった。
その数ヶ月後、彼は「大学を辞めて父の蕎麦屋を継ぐことにしました」と報告してきた。彼なりに大きな決断をしたようだが、「それは自己責任でな!」と伝えた。彼も今では40代だろう。いつか藤沢に蕎麦を食べに行きたい。
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