先に休みを決める
- ncu807
- 2月4日
- 読了時間: 2分
私は50歳から、月〜金・9時〜18時しか働かないと決めた。
今は月15日、1日8時間の稼働である。
それでいい。
むしろ、これがいい。
たくさん働けば収入が増える、という考え方は正しい。
しかし、それではつまらない。
同じ収入を得られるなら、
週休2日より週休4日の方がいいに決まっている。
だから私は、順番を逆にした。
先に休みを入れたのである。
稼働日も稼働時間も、先に決めた。
その限られた時間の中で、どこまでパフォーマンスを上げられるかに執着してきた。
休みはご褒美ではない。
制約条件である。
制約があるから、思考は研ぎ澄まされる。
時間が限られるから、誰と会うか、何をやるかが厳密になる。
結果として、やらなくていい仕事が自然と削ぎ落とされていく。
私は働き方を変えたのではない。
生き方を先に決め、仕事をそこに合わせただけである。
「忙しい」は、多くの場合、思考停止の言い換えだ。
時間がないからこそ、本質的な判断だけが残る。
この生き方は、頑張れば報われるという“努力量依存モデル”から降りる決断でもある。
時間を切り売りする限り、自由は手に入らない。
だから私は、労働時間ではなく、価値密度で勝負する道を選んだ。
その結果が、今のライフサイクルである。
これはゴールではない。
設計の結果だ。
これからの時代、人がやるべき仕事はさらに減っていく。
判断し、設計し、つなぐ。
実行は仕組みとAIに任せればいい。
たくさん働く人生より、設計された人生の方が、美しい。
先に休みを決める。
先に時間を区切る。
その中で、どこまで価値を生み出せるかを考える。
これは逃げではない。
一つの完成された選択である。




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