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明るさを変えるのは内側から

  • 執筆者の写真: ncu807
    ncu807
  • 11月18日
  • 読了時間: 2分

カフェで少し不思議な光景に出くわした。

それは、ひとつの大きなテーブルを囲んで、まったく面識のない人たちが談笑していた場面である。

年配の方もいれば、若い学生もいる。

誰かが差し入れた手作りの焼き菓子を真ん中に置きながら、季節の話や日々の出来事を静かに交わしていた。


店主に聞くと、最近「共食(きょうしょく)」の場をあえて設けているのだという。


誰かと食卓を囲む。

それだけの、なんでもない時間。

けれど、そこには明らかに “安心” や “ぬくもり” があった。


私たちは日々、さまざまな問いを抱えて生きている。

経営のこと、組織のこと、チームの関係性や未来の在り方、あるいは自分自身への問い。

だが、その多くは “答えを急ぐ問い” に偏ってはいないだろうか。


「どうすればうまくいくのか」

「最短で成果を出すには」

「この問題の正解は何か」


問いそのものが悪いわけではない。

けれど、その問いが生まれる背景に、焦りや不安があるとしたら、

その質はどこか尖り、目の前の風景すらも硬直させてしまうことがある。


最近、「リスキリング」が再び注目されている。

スキルを学び直すこと自体は素晴らしい。

だが私は思うのだ。

本当に大切なのは、「何を学ぶか」よりも、

“どんな問いを自分に投げかける存在でありたいか” ではないかと。


たとえば、あのカフェの共食の場に立ち会ったとき、私は「なぜこれが若者にウケているのか」という分析の問いも浮かんだ。

しかし、それ以上に心に残ったのは、

「自分は、どんな場を日常につくりたいのか」

「人と人が安心して話せる関係とは、どんなものか」

という、もっと根源的な問いだった。


問いの質が変わると、世界の見え方が変わってくる。

あのカフェの風景が、どこかやさしい光を帯びて見えたのは、私自身の内側に灯った問いが、景色を照らし直していたからかもしれない。


問いは、私たちを照らす灯りのようなものである。

とくに、足元が見えにくいときほど、どんなライトを手にするかが大切になる。

その灯りは、誰かが用意してくれるものではない。

自分で選び、手にするものである。


だからこそ、今日という一日の始まりに、「どんな問いを自分に投げかけるか」を、そっと意識してみたい。


それが、明日の世界の明るさを、少しだけ変えるかもしれないのだから。


ree

 
 
 

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