経営者の前に人である
最近、あらためて思う。
経営とは、知識を増やすことでも、正解を集めることでもない。
結局は、人として、どう在ろうとするか。
その問いから逃げない姿勢そのものである。
私は、経営者育成研究会という場を2021年10月に立ち上げた。
当初、この取り組みが歓迎されていたとは思っていない。
毎日メッセージを送り続けたことで、煙たく思った方も多かったはずである。
それでも、続けた。
人を集めたかったわけでも、数を増やしたかったわけでもない。
ただ、良い経営者が集まる場所をつくりたかった。
私にとって「良い」とは
真面目であること。
思いやりがあること。
そして、謙虚であること。
売上や規模、肩書きの問題ではない。
人として、どう在るか。
それだけである。
良い人が集まれば、場は自然に良くなる。
良い場になれば、さらに良い人が集まる。
私は、その循環だけを信じてきた。
そして今日、約100名の経営者が一つの場に集まる。
これは成果でも、到達点でもない。
目的を急がなかった結果だ。
世の中は、早く答えを出すことを求める。
すぐに成果を語りたがる。
しかし私は
「まだ答えにしなくていい時間」
「熟すのを待つ時間」
その価値を手放したくない。
今日の場に、正解は落ちていない。
成果も落ちていない。
あるとすれば、まだ青いリンゴだ。
無理にかじる必要も、すぐに答えにする必要もない。
代わりに、いつか花を咲かせ、実をつけるための「小さな種」を一つ、持ち帰ってもらえれば十分である。
最後に、これは宣言ではなく、私の願いである。
いつかこの場が、誰か一人の力で動くものではなく、自立し、自走する千人の経営者の集まりになること。
その頃には、この場で語っているのが私ではなく、この文章を読んでいる誰かであってほしい。
誰かが場をつくり、誰かが語り、誰かが次の誰かを迎え入れる。
私は、その循環が生まれるまで、静かに、この場の温度を守り続けたい。
今日は、何も得なくていいし、何も決めなくていい。
ただ、「今、自分はどこに立っているのか」
その感覚だけを、大切にすればよい。
ここまで読んだという事実自体が、すでに十分なご縁である。




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