top of page

温泉

  • 執筆者の写真: ncu807
    ncu807
  • 2022年1月28日
  • 読了時間: 2分

母と温泉旅に出掛けた。

90歳は卒寿と言うらしい。

コロナのせいで

どこにも連れていけなかった。

本当は函館にでも

と思っていたが

身体の負担も考えて

近くの定山渓にした。

妻は昨年父が他界

この年末は実母の三回忌だった。


一人残った私の母を気遣い

いつも大切にしてくれる。

旅行の相談をした時も

手放しで賛成してくれた。

コロナのお陰(?)で

客室に檜のお風呂が付いた

広い部屋が取れた。

食事も美味しかった。

気づいた事が二つあった。

思った以上に弱っている。

手を引かないと

歩く事もままならない。

布団に横になるのも起き上がるのも

一人では難しい。

耳は更に遠くなった。

もう一つは口数が減った事だ。

夕飯を食べている時に思った。

お喋りだった母が黙食していた。

私は内心ショックだった。

隣で寝た。

夜中はトイレまで手を引いた。

三度目は起き上がらせるのも

床に寝かせるのも慣れた。

妻もその度に嫌な顔一つせず

すぐ起きて見守ってくれた。

私は布団に手を入れて

一度その細い手を握った。

その時に母が言った。

「ありがとう。楽しかった。

 もう来れないと思うけど

 ありがとう。」

「何言ってるのさ。

 明日もまだあるよ。

 朝食も楽しみだね。

 今度は函館に行こうね。

 その為にも元気でいなきゃね。」

つい握る手に力が入った。

帰りの車の中で

「楽しかった。」を

連発してくれた母。

少しだけでも孝行が

出来たのだろうか?

送り届けながら

また胸が痛くなった。

施設の部屋から

帰ろうとした時

母が手を握り離さない。

冷蔵庫にある食べ物を

少しでも持って帰れと

言ってきかない。

母の為に

買ってある物なのに。

母が言う通り

旅行はもう最後かもしれない。

時間は待ってはくれない。

4年前私の父が他界したとき

痛恨の思いをした。

親孝行らしいことは

何もしてやれなかった。

人はひとりで生まれ

結局ひとりで逝く。

母も私もいつか父に会う。

その時に笑顔で対話できるよう

今できる事を精一杯やろうと思う。

それが本当の意味での

ささやかな親孝行かもしれない。

ree

 
 
 

最新記事

すべて表示
【第5話】2028/11/23とその先に、何を見ているのか

ここまでの4話を通じて、2021年の立ち上げから現在に至るまでの積み重ね、そして2026年から2027年にかけて、徐々にその役割をAIやシステム、そして他者へと移管していくイメージを綴ってきた。 このロードマップの最終話となる今回は、本シリーズのタイトルにもなっている「2028年11月23日」という日付と、その先に広がる景色について、現時点での私の視座を静かに記しておきたい。 私の中で、2028年

 
 
 
【第4話】 2027年、前線からの離脱と「感性のデジタル化」

第1話からここまで、2028年11月23日という一つの確定未来を軸に、現在のNCU合同会社(研究会)が置かれている位置と、そこへ向かう道筋を言語化してきた。今回は、そのロードマップの中でも特に大きな転換点、あるいは「特異点」となるであろう一年、2027年について記したい。 前回は、2026年がAIとの本格的な協働を開始する実験の年になると述べた。その延長線上に位置する2027年は、私がこれまで固執

 
 
 
第3話 2026年、AIとどう協働し始めるか

第1話では、2028年11月23日という私が設定した「ひと区切り」に向けた覚悟を記し、第2話では、これまでの4年間で積み上げてきた実績の棚卸しを行った。 そして今日、このブログではその先にある2026年をどう位置づけているかについて記してみたい。 いま、カレンダーは2025年12月10日を示している。あと数週間で、新たな一年が始まろうとしているタイミングだ。 来る2026年を一言で表すならば、それ

 
 
 

コメント


bottom of page