そもそもM&Aってなに? その本質は
髙橋明美(以下髙橋):本日のパネラーは合同会社デザインマネジメント代表社員CEOでいらっしゃいます白子貴章様、そしてNCU合同会社CEOで経営者育成研究会代表の芳永尚でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
本日のテーマは「そもそもM&Aってなに? その本質は」です。その前に白子さん、起業されるまでの経緯についてお話ししていただけますでしょうか。
白子貴章(以下白子):はい。ありがとうございます。それではかんたんに自己紹介をさせていただきますね。生まれ育ったのは千葉県市川市で現在は隣町にあたる浦安市に住んでいます。大学は青山学院大学でその後就職しますが、2000年卒業でいわゆる就職氷河期という世代で、なかなか銀行とか商社といった大手は面接にも行けなかったのですが、その子会社ならということで日本興業銀行の子会社である興銀リースという会社(現在のみずほリース)に入れていただきました。そこで一年半ほど新規開拓営業、飛び込み営業みたいなことをやってきたんですが、実はそこに今に至る原体験があります。
当時はサーバー1台が500万とか600万、5〜6台購入すると数千万かかる時代でした。ITビジネスを立ち上げるにはそれくらいは必要になりますので、それをリースでファイナンスするというようなことをITベンチャーさん向けにやっていました。そこで多くのベンチャーの経営者の方とお会いして、将来的にはこういう人たちと仕事をしていきたいなと思う一方で、この人たちみたいに事業に人生を賭けるということが自分はできるんだろうかとちょっと引いた目で見ていたりもしていました。ただ、いっしょにいておもしろかったですし興味・関心も満たされますので、将来的にはこの人たちを支える・サポートする仕事がしたい、参謀とか番頭みたいになりたいと思ったのがその原体験です。
では、そこに向けてどうしていこうかというとリース会社より銀行や証券会社が近道と感じ、あおぞら銀行というところに転職したんです。当時は大手の銀行が潰れるかという危機的な状況だったので金融機関の若手中途採用枠はほとんどありませんでしたが、この銀行は一度倒産してソフトバンクの資本が注入されてまっさらな状態だったので、当時としては珍しい第二新卒みたいな枠で入社しましてそこで4年ほど修行させていただきました。途中ソフトバンクが銀行を手放すことになりサーベラス・キャピタル・マネジメントという大手ファンドに買われまして、経営がガラッと変わり企業ファイナンスができにくくなりました。証券化投資で儲けるという方針に変わったんです。そうすると企業の社長さんとやりとりして事業を伸ばしていくみたいなことができなくなってきたので、それではそろそろ株式投資の仕事をやろうかなと、融資ではなく投資のオリックスの投資銀行部門に転職しました。
オリックスではM&Aを6年ほどさせていただくわけですが、ある会社を50億で買って200億で売る、100億で買って100億損するみたいな(笑)、そういう仕事なんですが、一度買った会社には中に入っていっしょに企業価値を上げていくので、長ければ数年といったプロジェクトになるんです。そうやって鍛えていただきました。オリックスってなんの会社かわかりにくいですが、投資銀行部門は買収ファンドとしては国内最大級なんですよ。僕が入った頃はまだ創成期だったので20人くらいの規模感でしたが相当鍛えてもらいました。そうなってくるといよいよ事業会社にチャレンジしたくなってきますよね、ということでリクルートに運よく拾っていただいてIPO(新規公開株)の仕事をさせていただいたんです。リクルートはM&Aでグローバル・ナンバーワンになったんですが、その戦略を立てる前の段階でそれを当時の経営陣とストーリーを作ってそれを実現するための資金調達ということでIPOのプロジェクトを実現していきました。そのあとはベンチャーのCFOをやったり買収ファンドが買収した会社の取締役をやったりとか、そんなことを半年から数年タームで回して、いよいよ自分でコンサルの仕事をやってみようかなと思い、友だちの会社に「なにか手伝えることがあれば手伝うよ」と言っていたら、思いのほか多くの相談をいただいて、それ一本でやったほうがおもしろそうだなと思って現在の形になったと、そういう感じです。
芳永尚(以下芳永):やっていくうちに「これかな」って、そして「おもしろそうだな」っていうのがすごいですよね(笑)。
髙橋:流れに身を任せていたら起業していた、みたいな。でも、お金のありとあらゆる流れをずっと学んで来られたがゆえにたどりついた先が起業だった、ということですよね。
白子:まあ、カッコよく言うとそうだったかもしれませんが、リクルートを出てからは雇われるという感覚がなくなっていて。たとえばオーナー直下でやったりしますが、それってかんたんに言うとストレス、溜まるんですよね(笑)。何がストレスかって言うと、自分ならこうするってのが湧いてくるわけですが、自分の会社じゃないのでそこまでできないという話になるんですよ。だったら自分でやったほうが早いんじゃんと。
芳永:自分でやっちゃうとその解放感が忘れられなくなりますよね。だって誰にも何にも言われないんですから。
白子:そうそう。言ってみれば今の仕事だって気の合う経営者とだけすればいいわけだし、興味・関心が持てるプロジェクトにだけ顔突っ込んでればいいわけで、そういう意味でおっしゃるようなストレスはまったくないんですよね。
髙橋:ご自身でデザインもできるしマネジメントもできるということでこの社名なのでしょうか?
白子:現状M&Aのご支援がいちばん多いんですけど、独立当初は次の3つの領域で仕事させていただいていました。「経営基盤強化」「ファイナンス・IPOの支援」それから「M&Aの支援」の3つです。経営基盤強化ってわかりにくいかもしれませんが、ベンチャー企業の経営会議に陪席させていただいて意思決定や論点を整理させていただく仕事、ファイナンスはこの名の通りIPOのためのストーリーを作って、まあリクルートにいたころのようなことをやります。ご相談として最も多く社会的にも必要だなと思っているのはM&Aのご支援です。今は8割はM&Aのご支援、2割くらいがファイナンスです。経営基盤強化のところは僕じゃなくてももっと適任者がたくさんいますのでそこは積極的には受けないという格好でやらせていただいています。
髙橋:そうなんですね。ひと口にM&Aと言いましてもメリット、デメリット双方あると思うのですが、その辺も教えていただけますか?
白子:ケースによりいろいろですが、買い手にとっての一番のメリットは時間を買えるってところですよね。売上10億、20億の事業を作るのってすごく難しいことです。日本の経済も停滞しており、なにかやれば伸びたっていう高度成長期でもありません。であれば、既存のものを買ったほうが圧倒的に早いですよね。一方でデメリットとしては目利きをしくじったときの損失リスク。投資額が大きいのでそれこそ10億出したけど中身がないとか。大損ですよね。そのトレードオフかなと思います。
芳永:ハンペンだと思って買ったのに豆腐だった、とかですね。
白子:おっしゃる通りです。売る側はちゃんと仲介会社も付いていてできるだけ高くいいものに見せようとけっこう頑張ってくるので、それをフェアに評価できるかどうかですね。
髙橋:可能な範囲でよいので事例などがあればお聞かせいただけますか?
白子:山ほどありますよ(笑)。買収したらその会社の従業員がキーマンも含めてみんな辞めちゃったとか。買ってみたら想像と違ったとかね。
芳永:ですよね。白子さんのスキルや経験に合わせて今の事業があると思うのですが、その辺ってどういう感じなのでしょう?
白子:そうですね。いろいろ観点はあると思うんですが、3つに分けて説明させていただきます。戦略策定のフェーズの仕事と、ディール支援のフェーズと、PMI支援のフェーズの仕事があります。
戦略策定ではM&Aの目的、どういう会社をなぜ買うのか、どれくらい投資する余力があるか、そこまで議論するとターゲットが見えますので、そのターゲットをどうやって探すのか、どうやって口説くかというところを設計するご支援。で、実際に案件をいっしょに探しにいきます。
ディール支援では実際に買うための調査に入りましょうという段階で、デューディリジェンスという手続きに入ります。これは会社を丸裸にして調査することです。過去の財務状況から株主明細からビジネスの内容から人事情報から全部を調査するのですが、調査に当たっては会計士、税理士、弁護士などを雇ってレポート作っていきます。それは1か月から長いものだと半年くらいかかります。対象会社のありとあらゆる情報を引っ張り出して、事業シナジーがどの程度見込めるか、企業カルチャーがフィットするか、リスクの有無や本当にこの会社には価値はあるのかといったことを確認します。それらをすべて見たうえで買収条件と買収価格を提示して合意していくという仕事です。社外の人間、先ほど言った会計士、弁護士、ケースによっては戦略コンサルや社労士さんも絡んできます。社内も事業部のみならず管理部門すべてが絡んできます。交通整理も含めけっこう大変なプロジェクトマネジメントです。私はその段取り調整とすべてを取りまとめます。各セクションから上がってくるレポートを見つつ、これで全体をどう評価するかなんです。
規模によっては費用も相当かかります。過去に担当した2000億レベルのグローバルな企業の例ですと、各国との調整をしなければいけなかったので弁護士費用だけでも5億くらいかかりました。
髙橋:すごい規模ですね。そこまで大きな取引を成功させると達成感も大きいですよね。
白子:まあ達成感も大きいですが、燃え尽きた感もすごいですね(笑)。
芳永:3つ目のPMI支援というのはどういう仕事でしょう
白子:はい。PMIというのはポスト・マネージャー・インテグレーションの略で買収後の統合をどうしていくかってことですね。事業会社を買収すると当然相乗効果を期待していますから「1+1」が「2」だとあまり意味がない。これが「2.5」とか「3」にならないと。そのシナジーを出すための仕掛けとかプランとか、ですね。もっとシンプルにいうと仲良くなるところから、ですね。
芳永:そこはもう白子さんの得意分野ってことですよね。
白子:まあ、そこは会社さんとの関係性によって設計していくといったところですね。
髙橋:白子さんが扱われる案件ってどういった業界が多いのでしょう?
白子:やはり今はITが多いですね。今は業績も好調なので買い手も資金を潤沢に持っていますし、利益を出していて投資する余力もあります。あと、IT系の企業さんってオーナー社長もけっこう若かったり、アメリカ的な発想で、ある程度の規模を作ったら売ってアーリーリタイヤするみたいな人もけっこういますし、シリアルアントレプレナーみたいな形を作ってすぐ新しい事業をするみたいな人も多いので、案件のフローが多いIT系はニーズがあるかなと思っています。
髙橋:ありがとうございます。白子さんが今後やっていきたいと考えている事業ってなにかありますか?
白子:この後ですか。まあ、そこはまだ考え中ですね。今はいろいろと引き合いをいただいていますので、まずは自分一人でやっていることをもうちょっと違うメンバーもできるようにしたいなとは思っています。
髙橋:では、そんな白子さんから次世代への提言ということでアドバイスをいただけたらうれしいです。
白子:そうですね。次世代というかみなさんになんですが、M&Aってちょっと前までは「ハゲタカ」とか言われてあんまりいいイメージがなかったと思いますが、実は成長戦略としてはもう外せない手法の一つだと思っています。
何をイメージしてほしいかと言いますと、単に不動産を買って資産規模をでかくするとかいう話では全然なくて家族とかチームを集めていくという感じに近いんですね。大きなチームをまるごと採用するというイメージです。戦略策定からPMIまでのプロセスもわかりやすく言い換えると、人が出会って結婚するまでのプロセスといっしょです。自分の好みのタイプを探して、お付き合いを始めて、相手をよく知るというのがディール期間で、実際結婚して家族を作って家庭を育んでいくっていうのがPMIの期間。単にビジネスを膨らませていくとか資産を増やしていくというよりむしろそっちの意味合いの方が強いかなと思っていて、新しいバックグラウンド、企業カルチャーを持った人たちと同じチームになることによってカルチャーベースで化学反応を起こして進化していくイメージです。
DNAレベルでのアップデートはふつうの企業、単独では無理だと思います。唯一M&Aは強制的にアップデートされますので、相手もしくはやり方を間違えると拒否反応を起こしてお互いに死ぬかもしれないですが(笑)。なので、ここでいう戦略設計のなかでしっかりと見極めなければいけないところではあると思います。本質はそういうところにあるのではないかと思っていますので、そういう意識で若い経営者のみなさんもM&Aを将来の選択肢のひとつとしてほしいと考えています。
蛇足ですが、僕がいたリクルートなんかはもともと雑多の会社じゃないですか。僕が入社した頃は「SUUMO」とか「じゃらん」とかネット化が進んではいましたが、あれ、実は外部のスラー(sler)が何百人も裏で常駐して作っていたんですよ。それではサービスの進化スピードが市場の変化に追いつかないということでIndeedを買収してそのDNAを取り込んで押しも押されぬITカンパニーになったんです。今では生え抜きのエンジニアもいますし、サービスのアップデートがどんどん早くなっている。まさにあの会社はM&Aをきっかけに企業カルチャーを進化させた好例じゃないかと僕は思っています。
髙橋:まさに「カルチャーベースで進化する」ですね。これからの白子さんの進化からも眼が放せませんね。本日はすばらしいお話、ありがとうございました。
白子:どうもありがとうございました。
2022年8月18日収録