300戦無敗のトップエンジニアが教えるその仕事術とは?
髙橋明美(以下髙橋):本日のパネラーはドルフィア株式会社代表取締役社長でいらっしゃいます井下田久幸様、そしてNCU合同会社CEOで経営者育成研究会代表の芳永尚でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
本日のテーマは「300戦無敗のトップエンジニアが教えるその仕事術とは?」ですが、300戦無敗という偉業を成し遂げた井下田社長ですが、もともとIBMにお勤めだったそうですが、そこからなぜ起業に至ったのかをお聞かせいただけますでしょうか?
井下田久幸(以下井下田):はい。私はIBMから始まりずっとIT畑を歩んでおりまして、ベンチャーから中堅、最後は2700名ほど在職する東証一部の大きな企業で働いてきました。そこでは未来を見る研究をする研究所の所長をしていました。
私が独立した理由は大きく二つあります。
一つは私が「評論家になっている」というジレンマです。研究所で未来を展望しながら、「将来はビッグデータを活用するようになる」とか「IOTが騒がれる時代が来る」とか、それを元に事業計画書を書いては社内プレゼンをしていました。ですが、やはり大企業は石橋を叩いても渡らないのでだいたいは却下されます。自分の予測は当たるけど会社はそれを採用しないと他責にするようになり、気がつくと「会社がNOと言ったからやらなかったんだ」とそんなことを言う評論家に成り下がっていてそんな自分が嫌でしたが、一方で自分が言ったんだから自分がやらなきゃいけないんじゃないか、という思いがどこか片隅にあったんでしょうね。
もう一つは現実的な話なのですが、人生100年時代といわれているにも関わらず日本の企業の多くには定年制度がまだあって、60歳とか65歳でそれを迎えるわけですが、でも余生を生きる経済力が自分にはあるのだろうか、危ないんじゃないだろうかという気がして、サラリーマンを辞めるタイミングというのがどこかで来るのなら定年間際ではなく、もっと力が残っているうちに独立しなきゃとアタマでは理解しつつもサラリーマンという立ち位置におんぶしちゃって温室にいたんです。
そんな自分にきっかけを作ってくれたのが私の息子です。息子はスポーツ万能でラグビーで世界を目指していたのですが、前十字靭帯断裂という大きな怪我をしてしまって1年棒に振り、なんとか復帰したもののまた大怪我をして今度は2年もブランクができてしまいます。そんな彼が「もうどうがんばっても自分はムリ。チャレンジしても意味ないよね」と言い始めたんです。お子さんがいらっしゃる方は共感していただけるかもしれませんが、親心としてはなんとか子どもを元気づけたいわけです。それで「人生3年あればどんなジャンルでもプロになれるよ」と言って励ましたんですが、それだけではあまりに説得力がないので「じゃあオレが証明するよ」と、研究所で見ていた未来を自分で作ろうという思いも併せて温室を飛び出して起業することにしたんです。それが5、6年前になるでしょうか。
髙橋:すごいですね。私も子どもがいますが、そのために会社を辞めて一から事業を起こすなどとってもムズカシイです。芳永さん、いかがですか?
芳永尚(以下芳永):……すごい
井下田:私が辞めるときに社長をはじめ何人かの人に言われたのですが、「今君が描いている人脈は会社の看板があるからで、辞めたら全部消えていくよ」と言われたんです。大抵の人は独立したからといってそんなかんたんにうまくいくものじゃないと。もちろんそういう恐怖感は私にもありました。言われた通りに消えていった人脈は多いんですが辞めた後にできた人脈のほうが質も量もはるかに良くて、今振り返るとあのとき辞めてよかったと思いますし、息子のおかげで幸せな人生になったなと思っています。
髙橋:井下田社長がそういう姿をお見せになったことを息子さんはどうみているのでしょう?
井下田:(笑)まあそういった話はお互いシャイなのでしませんが、こっそり背中を見ていてくれたらと思います。息子に伝えたいことをfacebookに間接的な表現で書いたりしています。
芳永:facebook、本当にすごいんですよ。投稿に数百とか千を超える「いいね」が付くんですから。
髙橋:毎日200件ほど友達申請が来て、累計20万人という話もあるようですが。
井下田:私のfacebookの投稿は自分の子ども向けに書いているメッセージなのですが、それをみなさんが熱く受け止めて友達申請してくださいます。ただ如何せん登録数の制限があるものですからメッセージを添えてくださった方から登録させていただくようにしています。
髙橋:ありがとうございます。それでは井下田社長の今のお仕事についてお聞きしたいと思いますが、本のタイトルにもなっている「コンペ300戦無敗のトップエンジニアが教える理系の仕事術」、これを可能な範囲で教えていただければと。
井下田:そもそもコンペ300戦無敗なんてありえないじゃないと言われますし、私もそう思うんですが、本に書いてありますが怒涛のコンペティション参加をしてきたなかでこれは負けたなと思ったものもありました。ですが、最後には大逆転で勝ち取ることができた。まさに結果論でしかありませんが、でも300戦勝ち続けるにはなにか方程式があるんだろうということでそのノウハウを惜しみなく書いたのがこの本になります。
芳永:300戦無敗は独立されてからのことなのでしょうか?
井下田:いえ、ほぼ私がベンチャーにいた頃のことです。IBMを辞めて16名ほどのベンチャーに入社したのですが、私はエンジニアですからと言っているような状況ではなく、仕事を獲得するため営業担当といっしょに会社巡りをしたり、コンペに応募しまくったりして仕事を獲得していた時期の話がメインになっています。その後、ベンチャーから転職した先で、あるコンペで私が打ち負かした相手がいる会社の製品をOEMで仕入れていたということがありましたし、あと手前味噌な自慢になりますが、その会社にいるときに元いたベンチャーをコンペで全敗させました。
私はエンジニアという立場上、営業とは違った角度で攻めなければいけないと考えていました。ベンチャーにいたころは自社製品を使ってデモを作るのが好きだったので、コンペでは主催のお客様から生データをお借りしてデモを作り、それを見せるようにしていました。
競合メーカーももちろんデモをしますが出来合いの汎用的なデモばかりなんです。これはIT業界の方は納得されると思うんですが、主催者は自社の抱える悩みを自社のデータで解決に導いてほしいわけです。汎用のデモでは解決できないことが多いんです。主催者の生データを使わせていただきデモをする、これで100%落とせます。ただ、これだと時間が足りなくなります。そこで考えた次なる戦略は当該企業が求めている解決策をどういったソリューションがあれば解決できるのかという前段の部分は他社にお任せするというものです。その時間に私は先ほど言った生データのデモを作る作業をします。これにはリスクがあって、他社のデモで決まってしまうことがあります。でも、自信がありましたのでそのやり方でやっていました。
髙橋:それは驚きですね。デモを作るといっても相当時間がかかりますよね。
井下田:長いものだと2〜3日かかります。200日ほどしかない営業日で300社ほどまわってコンペに向かいますので、その換算ですと全然時間が足りません。そういう意味で時間をどうやって作るかを考えるようになったんです。一方、エンジニアという立場だったからよかった点もありましたね。エンジニアって世間的には理屈っぽいと思われがちですが私はけっこう理屈より根性というところがあったので、お客様がそういった姿勢を買ってくれるケースもありました。それも勝ちの一つの要因になったと思います。
芳永:私も長年営業をしてきましたが、敵にプレゼンの時間を渡して不利な形勢をデモで挽回して契約を取るという手法はもうすごいとしかいいようがないです。
井下田:ありがとうございます。あと、これは王道なんですけれどお客様の言ってきた課題を解決するだけならコンペ相手と同じ土俵に乗っているだけなので、まだお客様が気づいていないような課題を解決する工夫をしていました。一例を挙げると、CSVファイルをデータベースに落とし込みたいという要望があった場合、もちろんそのデモもお見せしますが、それと同時にエクセルも同様に落とし込めるといったデモをお見せします。するとお客様は「うちエクセルもいっぱいあるけどそれもできちゃうんだ」と。そういった気づきを与えることで競合にならない手法をとっていました。
芳永:たしかに。本質的なニーズをお客様自身がわかっていないことってありますからね。
井下田:そうなんです。よく私も講演で話すのですが、潜在的なニーズに経営者は気づかなければいけないんです。それをいかに掘り起こすかってのが大事なんですね。フォードの有名な話ですが、お客様に何がほしいか尋ねると「もっと速い馬が欲しい」としか言わない。「自動車」という発想はお客様からは出てこない。そこが大事なんです。
髙橋:エンジニアでありながら優れた営業マンでもなければいけないんですね。
芳永:最短距離で行くことは合理的ではありますが、回り道をして苦労してたどり着くほうが自分の血肉となっていますよね。
井下田:そうですね。私がIBMにいたころの話なのですが、私は今はそう見えないかもしれませんが、当時は人前で上手に話せない人間だったんですね。ある日転属があってそこはお客様の前でプレゼンをしなければいけない部署だったんです。しどろもどろで下手くそだったんですが、そこで合理的な遠回りをしました。それは何かと言いますと営業といっしょに客先を回ったときに私はお客様情報をメモして、毎日のように新聞を読んではその社名を見つけたらそれを切り抜いて営業に渡していたんです。ふつうならしないそういう面倒くさいことを毎日ずっとやっていました。営業からすれば本社のエンジニアが自分のことを気にかけてくれているということで、なにかにつけほかのエンジニアではなく私に声をかけてくれるようになるんです。
芳永:それ、本来は営業がやらなけりゃいけないことですね。すごいですね。ところで今後の展望として井下田社長はどういうことを見据えていますか。
井下田:そうですね。人間って志を持って何かを始めても、出会いによって変わっていく部分があり、よくいわれる「頼まれごとは試されごと」ってありますよね。利他の気持ちで動いているとどんどん何かに引っ張られることがあるんです。今いろいろな人と出会っていろいろな会社のお手伝いをさせていただいていますし、きっと未来においても今私が思ってもいないような出会いがあって違うことをしている気がするんですね。今はIT業ですけど、日本の未来を見るとすごく危機を感じていて教育が大事だと思っていますのでもしかしたら教育のお手伝いをしているのかもしれませんし、20年くらいかけて日本をかえていかなければいけない、という感覚でいますのでそういう出会いがあるかもしれないですし。未来はおもしろいですね。
芳永:おっしゃる通りでいろいろな事業のお手伝いをされていますね。
井下田:はい。今は恵まれない子どもたちに食事付きの無料塾を提供するお手伝いとか、毎週日曜日に子どもたちに英語でラグビーを教えるクラブの創設に関わらせていただいたりといろんなことをやらせていただいています。
髙橋:人の縁も大事にされているんですね。すばらしいです。最後になりますが、次世代への提言ということで一言いただけますでしょうか?
井下田:はい。すごく当たり前なことしか言えないかもしれませんが。最近大学生とお話しさせていただく機会がありますが、経営者にも同じことが言えると思います。
私は要約力と即断力と自責力というのがすごく大事だと思っています。
要約力は世のなかで起こっているあらゆることをWHYを理解しながら解釈し体系立ててまとめる力、要約する力をつけておけば、読めない未来が来たときでも自分で解釈する能力が備わっていれば経営でも生きてきます。学生には、会社に入ると会議の議事録を取る仕事があるけどそれは買ってでもやりなさいと話しています。仕事も吸収できるし先輩には喜ばれるし、要約力が身につくからと。
次に即断力ですが、いろいろな経営者を見てきていますが、できる経営者とそうでない経営者の違いでもっとも顕著なのがこの即断力です。その場で判断できてGOを出せる経営者ができる経営者です。なんでもかんでも即断して当てずっぽでもGOを出せばいいかと言ったらそうではなくて、即断するためにはその前のフェーズがあって、ふだんから解釈して体系立てているから即断できるんですね。先の要約力と繋がりますよね。
最後は自責力です。昨今、コロナやロシアやいろいろなことが起きていて他責にしたくなるようなことだらけですね。もちろん他責要因はありますが、そこをいくら言っても何も改善しませんので、限られた時間のなかで他責も渦巻くそのなかで自責の部分を見つけてそこを伸ばすことが自分を成長させることができます。この三つを若手はもちろん経営者の方も身につけることが大事じゃないかなと思っています。
髙橋:ありがとうございます。三つの力を意識していきたいと思います。また本のご紹介もありがとうございました。みなさんもご一読いただければと思います。今日は素晴らしいお話をありがとうございました。
2022年10月25日収録