何かが壊れる前夜
最近、強く感じていることがある。
それは危機感というより、空気の変化に近い。
AIの進化は、便利になる話ではない。
これは技術革新ではなく、前提の書き換えである。
壊れつつあるのは、特定の仕事や業界ではない。
壊れ始めているのは、人は何によって価値を持つ存在なのか、という構造そのものだ。
努力すれば報われる。
経験を積めば価値が上がる。
知識を持つ人が強い。
判断するのは人間である。
これらは、まだ表面上は機能している。
だから多くの人は、明日も今日の延長線上にあると思っている。
しかし、基礎はすでに空洞化し始めている。
壊れる音が聞こえないからこそ、これは前夜なのである。
AIが奪うのは仕事ではない。
人が作業者であるという役割である。
処理、整理、最適化。
それらはもはや人間の専売特許ではない。
この前夜において、人は三つに分かれる。
否認する者。
利用しようとする者。
そして、役割を変える者。
前夜に何をしていたかは、夜明けにどこに立っているかを決める。
この時代において重要なのは、壊す側にも、煽る側にもならないことだ。
恐怖を売らず、万能感も売らず、移行のための足場を作ること。
AIは止まらない。
問いは、どこに立って朝を迎えるかである。
壊れる音は、まだ聞こえない。
だが、空気は確実に変わっている。
私は、そう感じている。




コメント