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共創の入口に立つ

  • 執筆者の写真: ncu807
    ncu807
  • 2025年12月31日
  • 読了時間: 2分

塩か? 醤油か? おお、みそか!!

2025年が終わる。振り返れば今年は、AIに始まり、AIと遊び、AIに驚き、AIに夢を見て、そしてAIに悩み続けた一年であった。

最初に作ったGPTsは「よっちゃんの戦国武将診断」である。わずか五問の設問に答えるだけで、経営者としての資質を戦国武将になぞらえて返す。軽いノリで作ったものだが、「人は診断されることで自分を見つめ直す」という本質は、この時すでに掴んでいたのだと思う。

次に生まれたのが「出張地蔵」である。出張報告書と旅費精算を、感情も主張もなく淡々と処理する存在だ。誰からも称賛されないが、確実に人の時間を取り戻す。AIの価値は派手さではなく、こうした“地味な救済”にこそあると、この頃から感じ始めていた。

そして最大の転機となったのが「SNSアタッカー」である。SNSの自己紹介文を貼り付けるだけで、経営者育成研究会との相性を数値化し、上位15%にのみアプローチ文を自動生成する仕組みだ。結果、面談アポ獲得率は14%に達した。これはツールの勝利ではない。「誰に、誰が、なぜ会うのか」という判断を、感覚ではなく構造に落とし込んだ成果である。

日常業務においても、AIは静かに役割を変えていった。GPTは毎朝ブログのたたき台を出し、Geminiは投稿用の画像を生成する。新サービスの骨子をGeminiに描かせ、GPTと議論しながら方向性を定める。notebookLMには過去の発言や判断ログを流し込み、「AI芳永」という思考モデルを試行した。気づけばAIは作業代行ではなく、思考の壁打ち相手になっていた。

現在、私は経営者マッチング支援システムの独自開発に没頭している。誰と誰を、なぜ繋ぐのか。なぜ繋がないのか。その判断理由をどう残し、どう継承するのか。これはもはや単なるビジネスではない。設計であり、さらに言えば小さな文明設計に近い営みである。

2026年を見据えたとき、はっきりしていることがある。AIは「使うもの」ではなくなった。共に考え、共に迷い、共に決断の重さを引き受ける存在になる。人が担う作業は減る。しかし、人が引き受ける責任はむしろ増えていく。

だから私はAIから逃げない。任せきりにもならない。一緒に悩み、一緒に作り、一緒に未完成の未来へ踏み出す。

2026年は、その覚悟を思想ではなく実装として示す年である。


 
 
 

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