経営者の前に人である
- ncu807
- 13 分前
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最近、あらためて思う。
経営とは、知識を増やすことでも、正解を集めることでもない。
結局は、人として、どう在ろうとするか。
その問いから逃げない姿勢そのものである。
私は、経営者育成研究会という場を2021年10月に立ち上げた。
当初、この取り組みが歓迎されていたとは思っていない。
毎日メッセージを送り続けたことで、煙たく思った方も多かったはずである。
それでも、続けた。
人を集めたかったわけでも、数を増やしたかったわけでもない。
ただ、良い経営者が集まる場所をつくりたかった。
私にとって「良い」とは
真面目であること。
思いやりがあること。
そして、謙虚であること。
売上や規模、肩書きの問題ではない。
人として、どう在るか。
それだけである。
良い人が集まれば、場は自然に良くなる。
良い場になれば、さらに良い人が集まる。
私は、その循環だけを信じてきた。
そして今日、約100名の経営者が一つの場に集まる。
これは成果でも、到達点でもない。
目的を急がなかった結果だ。
世の中は、早く答えを出すことを求める。
すぐに成果を語りたがる。
しかし私は
「まだ答えにしなくていい時間」
「熟すのを待つ時間」
その価値を手放したくない。
今日の場に、正解は落ちていない。
成果も落ちていない。
あるとすれば、まだ青いリンゴだ。
無理にかじる必要も、すぐに答えにする必要もない。
代わりに、いつか花を咲かせ、実をつけるための「小さな種」を一つ、持ち帰ってもらえれば十分である。
最後に、これは宣言ではなく、私の願いである。
いつかこの場が、誰か一人の力で動くものではなく、自立し、自走する千人の経営者の集まりになること。
その頃には、この場で語っているのが私ではなく、この文章を読んでいる誰かであってほしい。
誰かが場をつくり、誰かが語り、誰かが次の誰かを迎え入れる。
私は、その循環が生まれるまで、静かに、この場の温度を守り続けたい。
今日は、何も得なくていいし、何も決めなくていい。
ただ、「今、自分はどこに立っているのか」
その感覚だけを、大切にすればよい。
ここまで読んだという事実自体が、すでに十分なご縁である。




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