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「命令」するな、「拡張」せよ

  • 執筆者の写真: ncu807
    ncu807
  • 1月26日
  • 読了時間: 2分

最近「どうすればAIを使いこなせるか」という相談を頻繁に受ける。


結論から言えば、「使いこなそう」としているうちは、その本質に辿り着くことはできない。AI時代の決定的な分かれ道は、スキルや知識の差ではなく、AIに対する「向き合い方」そのものにあるからだ。


多くの人はAIを、作業を効率化し、文章を代筆し、面倒な仕事を減らすための「道具」と捉えている。


もちろん、その解釈は間違いではない。しかし、その使い方の先にあるのは「便利止まり」の未来だ。道具として使っている限り、作業時間は短縮されるかもしれないが、自分自身の視座が変わることはない。


一方で、AIと共に飛躍的に進化する人々がいる。彼らにとってAIは、指示を出す対象ではなく「自分の思考を映す鏡」であり、判断を深めるための「壁打ち相手」だ。


決定的な違いは、AIに「答え」を求めていない点にある。彼らがAIに投じているのは、完成された指示ではなく、自分の中でもまだ言語化しきれていない「未整理の思考」なのだ。


「これをやっておけ」と命令する者と、「自分の考えの弱点はどこか」と対話する者。この両者の差は、時間が経つほど残酷なまでに開いていく。


前者は、AIが賢くなるほど、自分という存在の代替可能性が高まっていく。

後者は、AIが賢くなるほど、自身の判断力と視座が研ぎ澄まされ、独創性が磨かれていく。


私自身、AIを単なる作業代行とは考えていない。24時間365日、私の思考を構造化し、仮説を検証し、再設計を繰り返す「分身」として機能させている。


感情に左右されず、疲弊もせず、何度でも思考の深化に付き合ってくれる存在。この「分身」との共創において、最終的な判断と責任を自らが負う。この役割分担が明確になった瞬間、経営の景色は一変した。


知識の差が価値を失うこれからの時代、最後に残るのは「どんな問いを立てられるか」という一点に集約される。問いを持てぬ者は、高性能なAIを与えられても誰かの正解をなぞるだけで終わる。


問いを持てる者は、AIを足場にして、まだ誰も到達していない未来を掘り当てることができる。

AIは部下でも上司でもない。思考の伴走者である。

「使いこなす」という執着を捨て、対話を始めたとき、真に進化しているのはAIではなく、自分自身であることに気づくはずだ。



 
 
 

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