答えより聞き方
GPTに何かを聞き、
「悪くはないが、どこか腑に落ちない」
そう感じたことは、多くの人にあるはずである。
往々にして、その違和感は放置される。
「AIも万能ではない」
そう結論づけて思考を止めてしまうこともある。
しかし、その時点で止まるかどうかが、AIの使い方の分かれ目になる。
答えがいまいちだと感じたら、その回答をそのままGeminiに渡す。
そして、こう指示すればよい。
「この答えはいまいちである。
私がなぜそう感じたのかを推測し、その根拠と、あなたの最適解を示せ」
すると、言語化できていなかった違和感の正体が整理され、同時に、より構造化された別解が提示される。
答えの改善と、思考の内省が同時に起きるのである。
ここで重要なのは、「どのAIが優れているか」ではない。
AIをどう使い分けるかである。
AIの答えの質は、質問の質で決まる。
しかし人間の質問は、たいてい未整理で、感覚的で、途中経過にすぎない。
だから私はこう考えている。
AIに聞く前に、AIにどう聞くかを聞けばいい。
NotebookLMを使う際も同じである。
「NotebookLMに聞きたい。そのための指示書を作れ」
そう命じれば、自分の曖昧な関心や問題意識は、精度の高い命令文へと変換される。
思考が未完成でも構わない。
完成させる役割を、AIに委ねればいい。
AIは役割分担すると、さらに力を発揮する。
例えば、
GPTsの作成プロンプトは、抽象化と発想の広がりに強いGeminiに考えさせ、
Base44のアプリ指示書は、論理構成と工程整理に長けたClaudeに書かせる。
どれが正解かではない。
適材適所で使うだけである。
では、人間、特に経営者は何をするのか。
それは、方向を決め、違和感を感じ続けることである。
AIは社員であり、実務も思考も肩代わりしてくれる。
しかし「この答えで本当にいいのか」「何かがズレていないか」を感じ取る責任は、経営者にしか持てない。
その矜持を手放した瞬間、AIは便利な道具から、ただの思考停止装置になる。
AI時代に必要なのは、答えを出す力ではない。
問いを育てる力である。
そしてその問いは、AIと一緒に育てていい。
それが、私なりのAIとの向き合い方である。




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